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2011年9月5日月曜日

戦略よもやま

のっけから引用です。

偉い人たちの戦略の定義

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【 戦略の定義 】

●カール・フォン・クラウゼヴィッツ
戦略とは戦争目的のための交戦の使用だ。

●フォン・モルトケ
戦略とは戦争における目標の獲得をめざす将軍の裁量によって決定された、
実践的な手段の適合である。

●リデルハート
戦略とは政策の目的を実現するために、軍事的手段を配分して応用するアートのことだ。

●アンドレ・ボーフル
戦略とは・・・軍事力で対立するためのアート、
もしくは軍事力を使う二つの相反する意思を持つ相手が紛争を解決するために使うアートである。

●グレゴリー・フォスター
戦略とは究極的にいえば、事実上のパワーの行使のことだ。

●ワイリー
戦略とは何かしらの目標を達成するための一つの「行動計画」であり、
目標を達成するための手段を組み合わせたシステムと一体となった、一つの「ねらい」である。

●マーレー&グリムズレイ
戦略とは一つのプロセスであり、チャンス、不確実性、
あいまいさが支配する世界の変化する状況や条件に合わせて、常に適合することだ。

●ロバート・オズグッド
戦略とは、パワーの経済、外交、心理面を連携させて対外政策を
公然・非公然・暗黙的に最も効果的に下支えするような、
「軍事的な強制力を使用する能力のための全体的なプラン」として理解されることが今後とも必要であろう。



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まとめてあったのでまた引きしてますが、元は「地政学を英国で学んだ」、引用元は「それにつけても金のほしさよ」の >>406 です。
引用元が激しく謎ですが、「やる夫スレ」という、AAで話を作っていく2ちゃんねるのスレの一つをまとめたサイトです。
ちなみに、リンク先は李斯(中国の戦国時代末期の人。荀子の弟子で法家。あまり知名度なし。韓非子の引き立て役扱いすら・・・)を主人公にしたお話です。
結構読みやすい上に、ちゃんと資料に当たっているようなのでオススメ。
上記引用で知名度高いのはクラウゼヴィッツかな? 戦争論だったかと・・・


わき道にそれ始めましたが、何でこんな面倒なことを書いたかといいますと、日本ではあまり意識されていないからです。
意識されていないけど、これを考えないと今後の方針を立てるのが困難になるのです。


モルトケの言葉は非常にわかりやすいのですが、これあまり意識されていない気がしますね。
 「戦略とは企業活動における目標の獲得を目指す社員の裁量によって決定された、実践的な手段の適合である」
とか言っても違和感ないです。


といってもわかりづらいので、引用元から上記をわかりやすくしたものを・・・


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Vision(ビジョン/展望)
「儒ではなく法によって統治される世界をつくる」

Policy(ポリシー/政策)
「法で国を治めて、大陸を統一するぞ」

Grand Strategy(グランドストラテジー/大戦略・国家戦略)
「戦争で隣国を平らげるぞ」「遠方の相手は外交や策で抑える」

Military Strategy(ミリタリーストラテジー/軍事戦略)
「趙の次は魏を討つ」「あの城を奪う」

Operation(オペレーション/作戦)
「主力集団を誘い込んで皆殺し」

Tactics(タクティクス/戦術)
「伏兵だ」「火だ」「突っ込んでやるっていう」

Technique(テクニック/技術)
「李斯殺し」



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李斯の生きる方針を整理した例です。
(「テクニック」はネタということで華麗にスルーを推奨します、深く突っ込みたい方は引用元を通読するとわかりますがかなり長いですので華麗にスルーを推奨します)


これを筆者の勤め先で適用するとどうなるか?


・・・実は適用できません。
単純に情報不足なのですけどね^^;


適用できないとどうなるか?
妄想しか出来なくなります。いえ、ホント。
根拠がないので今後の展開とか考えると妄想や願望でしか考えられないのです。
となると、キャリアアップというか能力開発というかを社員ひとりひとりが考える上での方針になるのが資格手当ての出る資格となります。


資格が仕事に直結してる場合、これで問題ないのですが・・・ システム開発ってそういう資格(業務独占資格)はないのですよね。
(ベンダーが決めているのはあるかもしれませんが・・・)


そこで悩んだ筆者。とりあえず、中小企業診断士を狙ってみることにしました。
これを取ると・・・ 多分技術者でいられなくなるのでしょうね。取れればですが、ええ難関ですから取れればという注釈付ですがw


まぁ、上から下まで日本という国は戦略とか考えてない気がします。
筆者自身が考えているかというと・・・ 微妙ですが^^;




(追記)
少し情報を得たので埋めてみます。

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Vision(ビジョン/展望)
「中小企業を支援する企業となる」

Policy(ポリシー/政策)
「システムの提供を通じて支援する」

Grand Strategy(グランドストラテジー/大戦略・国家戦略)
「???」

Military Strategy(ミリタリーストラテジー/軍事戦略)
「???」

Operation(オペレーション/作戦)
「???」

Tactics(タクティクス/戦術)
「java(struts)」「Androidアプリ」

Technique(テクニック/技術)
「個人レベルでの技術伝承」「個人技での開発」



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MitoLyzerは軍事戦略くらいにはなりそうですが、作戦が「薄利多売」「長期契約」、戦術が「営業任せ」、技術は見えないですね。
今動いているのでそちらで何か進展があるかもしれませんが・・・

真ん中がすっかり抜けているのが致命的^^;

2011年8月5日金曜日

勇往邁進?

小ネタです。


「勇往邁進」というあまり聞かない言葉を某イベントで聞いたので調べて見ました。

辞書的な意味は
■意味:
物事を最後まで、立派に成し遂げること。
物事を成し遂げ、成果を上げること恐れることなく、
自分の目的・目標に向かって、ひたすら前進すること。 



という程度で、見た目のとおりの意味でした。

出典があるかな? と思ったのですが、岩崎弥太郎(三菱財閥創業者)の言葉に
一旦始めたならば百難にたわまず勇住往来して、必ずこれを大成しなければならぬ
とある「勇往往来」くらいしか見つけられませんでした。

その代わりといっては何ですが・・・
ググル先生の検索ワード候補に
「勇往邁進 まじこい」
と出てきたので見て見ると・・・
PCゲームのキャラクターのテーマ曲名が「勇往邁進」

・・・まぁ、よくある話です。


類似事例
「芥川龍之介の河童」
「鳥の詩」

2011年1月28日金曜日

文政8年の漢籍

筆者の親がリュックを捜していたところ、「古書」と書いてある箱を発見しました。

あけてみると数冊の本が・・・

そのうちの一冊を見てみたのですが、漢文で断片的にしか読めません。
気になって、表紙や奥付から調べてみたところ・・・
文政8年発行(?)の考經發揮という漢籍であることが判明しました。
リンク先は野田市立図書館のサイトですが、筆者が見た1ページ目と同じものの写真がありました。
『考経という書は漢代から今文古文あり』とか『清和天皇(※清和源氏の祖)の詔(みことのり)有り』とかはまだわかったのですが・・・ 一二点すら使えなくなっている自分に愕然としますね。
レ点くらいは何とかなるのですけどね・・・ 漢字自体の意味がちゃんと理解できてないと読めないです。


何となく調べた感じと、1ページ目を読んだ感じでは
 『考経の解説書』
というものではないかな? と感じました。


ついでに考経も調べてみましたが・・・



孝経(こうきょう)は、中国の経書のひとつ。曽子の門人が孔子の言動をしるしたという。十三経のひとつ。
孝の大体を述べ、つぎに天子、諸侯、郷大夫、士、庶人の孝を細説し、そして孝道の用を説く。
始皇帝焚書にあったが、の初めに顔貫、顔貞父子によって世に出たものを、漢代通用の隷書体であったことから「今文孝経」といい、全18章。
武帝の末魯共王が孔子の書院の壁から得たと称される、漆書蝌蚪の古文字によるものを「古文孝経」といい、これは「今文」の18章のほかに閏門章があり、「今文」の庶人章を2章に分け、聖治章を3章に分け、全22章。古文孝経は代に散佚し、代に再発見されたが、隋代のものは偽書の疑いが高いとされる。



wikipediaより引用です。
ここに『今文』『古文』が出ているので、これが1ページ目の冒頭に書いてあるのかな? と思われます。


筆者はあまり儒教に関心がないので読み進めてみようという気はなくなりましたが(それ以前に漢文のハードルが高いのです)、何でこんな本が? という面白い出来事でした^^

2010年11月10日水曜日

よろしい。ならば戦争【解散総選挙】だ

尖閣ネタはチェックしていたのですが、ここまで香ばしいとついつい釣られてしまいますね。

とりあえず、香ばし過ぎて焦げ臭い官房長官の反応を。

こちら

ちなみに、この記事の直前は衝突の映像を流出させた海上保安庁職員の話です。


さて、官房長官は
世論は職員に寛大な措置を取るよう求める声が多いとの質問に対しては「国民のうちの
過半数がそう思っているとはまったく思っていない。いろんな事件が起これば、けじめの
ついたしかるべき措置をしてもらいたい、という健全な国民が圧倒的な多数だと信じている」
との見方を示した。
と発言していますが、野党時代の民主党を振り返るとこんなこと言わなかったのではないかと思えます。
今回の件は国民の知る権利の範囲にかかわる重要な問題ですので、国民投票を行うのが良いかなぁ。と筆者は考えています。
とはいえ、国民投票をしても拘束力はない(あったとしてもないことにするのが民主流)わけなので、いっそのこと民主党が常々求めていた『解散総選挙』を行って国民の真意を示すのがベターなやり方でしょう。

ここでタイトルに戻るのですが、今解散総選挙を行うと、2大政党のいずれもが勢いのない状態での選挙となります。
ということは、泡沫政党と思われている党にチャンスが出てくるわけです。
ここでちゃんと存在意義を示すことができる政党が出てくれば・・・
公明党のような宗教利権確保の為の集団ではない、第3極となる『政党』が生まれるはずです。

よろしい。ならば戦争だ

そう、単純な国民の真意を問うだけの選挙にはならない。
そんな、本来の政治。多様な意見を戦わせ、集約して国の行く末を決めるような政治が行われる土台作りの選挙になって欲しいわけですが・・・

無理だろうなぁ ○| ̄|_



2010年10月8日金曜日

明けぬ夜は無い

いささか(かなり?)テンションの落ちている筆者です。
折角なので類似の言葉を並べてテンションを戻す試みをしてみます。

何かでへこむこと、これは良くある話なのですが、そういうときに良さそうな言葉…

「明けぬ夜は無い(沈まぬ陽は無い)」
「人間万事塞翁が馬」
「禍福は糾える縄の如し」

・・・イマイチかな?
ちなみに、「七転び八起き」やら「臥薪嘗胆」やら「韓信の股くぐり」やらを思い浮かべたあなたはぐぐる先生に意味を聞いてくるのをお勧めします。
近いように見えてずいぶんと意味が異なります。
(「七転び八起き」・「臥薪嘗胆」・「韓信の股くぐり」 いずれもIMEだと一発変換なのに驚きました^^;)



筆者的に一番好きな言葉は

「半数が味方になってくれれば大したものさ」

です。

この前に「嫌いな人に好かれようとは思わないが、」とあるのですが、筆者は「嫌いな人を極力減らしたいが、」と考えています。

実際には、全ての場面で半数を味方につけると内閣総理大臣になれるくらいの偉業なんですけどね^^;



2010年10月6日水曜日

言わない気持ちは ないのと一緒

ちょっと面白い画像を見つけたのでネタにしてみます。

さっそく画像を。


画像


凹んでいますが(筆者も色々凹んでいますが)東方プロジェクトの【七色の人形遣い:アリス・マーガトロイド】です。
何でもそつなくこなす理知的なキャラクターです。
影が薄く要らない子扱いされる為、自虐ネタの常連でもあります。


今日のネタ
『言わない気持ちは ないのと一緒』
これがとても気になりました。

この画像の場合、友人関係なり恋愛感情なりの話になるのですが、いかなる人間関係でも言葉で伝えないと伝わらないのは普通のことです。
しかしながら、相手に伝えずに自分で思い込んでいることを元に行動して、相手が付いてこない事に苛立ち、場合によっては当たり散らすという事が稀に良くあります。

仕事ですと、文書にしていない場合厳密にいえば『ないのと一緒』扱いされても仕方がないことがあります。
最低でも口頭なりメールなりで伝えておかないと認識の共有は出来ないのではないかなぁ、と思うわけです。

あいだみつをもいいけれど、こういうのをデスクに飾っておくのもアリかなぁ、と思う今日この頃です。


2010年8月30日月曜日

泣いて馬謖を斬る ってIMEで一発変換できるんですね^^;

多用されるわかりやすい故事成句。
その一つにタイトルの「泣いて馬謖を斬る」があります。

一般的な解釈はwikipediaの解釈だと思うので以下に引用してみます。

出典『三国志』「蜀志馬謖伝」
(蜀漢)の武将・馬謖が、街亭の戦い諸葛亮の指示に背いて敗戦を招いた。この責任をとり馬謖は処刑されることになるが、馬謖は諸葛亮の愛弟子であり、他の武将の一部からも「馬謖ほどの有能な将を」と慰留の声があがった。しかし諸葛亮は「軍律の遵守が最優先」と涙を流しながらも処刑に踏み切った。


この故事に関する記述は、『正史』と小説『三国志演義』で若干異なっている。
『正史』では「諸葛亮は彼(=馬謖)のために涙を流した」と書かれている。つまり、軍律を守る為に愛弟子を処刑することになり、彼のことを思って諸葛亮は泣いたとされている。
しかし『演義』では、何故泣くのかを蒋琬に訊かれた諸葛亮は「馬謖のために泣いたのではない」と答えている。諸葛亮は劉備に「馬謖を重く用いてはならない」という言葉を残されていたにも関わらず、その言葉を守らなかった自分の不明を嘆き、泣いたとされている。
ちなみに現在の日本では、「どんなに優秀な者であっても、私怨私情で法や規律を曲げて責任を不問にすることがあってはいけない」という意味で使用されることが多く、『正史』の記述に則したものであると言える。マスメディアでは、何か不祥事などを起こし仕方なく処分された人物などがいた場合に「泣いて○○を斬る」などと引用して利用されることがある。

いずれの説をとるにしても、かなり表面的なのですよね。
馬謖は、兄馬良に劣るとされながらも「馬氏の五常」の末っ子として才覚十分な人物。
諸葛亮は万能天才完全無欠な軍師として描かれがちですが(これはコーエーのゲームの能力設定のせいだと思われます。あと、演義での神がかりな描かれ方)実際には計画通り進行できる仕事で卓越していたという評価が実態に近いとされています。

確かに、大失敗を犯した(しかも命令違反で)から規律優先で綱紀粛正の為に処刑と言えば分りやすいです。
実際にはそれだけじゃないと思うのです。
諸葛亮はその能力の性質上、先々を読んで事を進めるタイプです。
後年の魏延との確執の原因たる「長安奇襲計画」を諸葛亮が却下し続けた理由の一つが街亭という拠点を失った為とされているのですが、街亭なしに魏に攻め込むのは不可能ということも読んでいたのではないかと思います。
北伐を敢行した根底には、先主劉備の漢の正統を正す為の統一への思いが強かったのではないかと思うのですが、街亭を失うことで先主の遺命(と諸葛亮が思っている)を果たすのが現実的でなくなることへの涙だったのではないか、とそう考えることが出来ます。

この説をとってもあまり意味がない(わかりづらいし故事として引用するのが難しい)のはわかるのですが・・・

「ロードサイドのハイエナ」と言われる経営者が某雑誌で「泣いて馬謖を斬る」を引用し、「関羽や張飛を切るわけにはいかない」と続けることで腑抜けてしまった自身のNo2の再起の話を語っていました。
これ、かなり表面的なとらえ方をした恥ずかしい引用例です。
確かに諸葛亮の立場で関羽や張飛(劉備の一族扱い)は切れませんが、劉備自身は両名や重臣(それも股肱と言える人)への厳罰も口にすることがあったので、「関羽や張飛を切る」こともありえたと言えます。(実際には難しいですけど)
関羽の死の直後に、自らの跡取りたる劉封を切っている(関羽に援軍を送らず見殺しにした為)という実績もあるので… 知れば知るほど故事成句の引用は難しいですねw
(ちなみに、劉封の死を劉備はかなり哀しんだというのは正史・演義共通で描かれています。上に立つ者として不本意でも処断したのがうかがえます)

劉備の先祖(とされる)漢の高祖劉邦はもっと過激だったのですが… そこまで書くと脱線が過ぎるのでこの辺で終了です。

2010年8月18日水曜日

「三方よし」とIT業界

暑いですねぇ
思わず脳みそが沸騰しそうですが、なんとか秋まで頑張りましょう

暑いせいか、タイトルがまともです。
これも酷暑のせいと思ってください。


さて、IT業界は良いとして、「三方よし」とはなんでしょうか?
知っている方が多いならそれに越したことはありませんが、一応説明を入れておきます。
 取引においては、当事者の売り手と買い手だけでなく、その取引が社会全体の幸福につながるものでなければならないとう意味での、売り手よし、買い手よし、世間よしという「三方よし」の理念は、近江商人の経営理念に由来する。(中略) 

 境を行商してまわり、異国に開いた出店を発展させようとする近江商人にとっては、もともと何のゆかりもなかった人々から信頼を得ることが肝心であった。その他国商いのための心構えを説いた近江商人の教えが、現代では「三方よし」という言葉に集約して表現されるようになったのである。 「三方よし」の直接の原典となったのは、宝暦4(1754)年に70歳となった麻布商の中村治兵衛宗岸(そうがん)が15歳の養嗣子に認めた書置(かきおき)のなかの次の一節である。
 たとへ他国へ商内に参り候ても、この商内物、この国の人一切の人々、心よく着申され候ようにと、自分の事に思わず、皆人よき様にと思い、高利望み申さずとかく天道のめぐみ次第と、ただその行く先の人を大切におもふべく候、それにては心安堵にて、身も息災、仏神の事、常々信心に致され候て、その国々へ入る時に、右の通りに心ざしをおこし申さるべく候事、第一に候
 の条文は以下のように読み解くことができる。
他国へ持下り商いに出かけた場合は、持参した商品に自信をもって、その国のすべての人々に気持よく使ってもらうようにと心がけ、その取引が人々の役に立つことをひたすら願い、損得はその結果次第であると思い定めて、自分の利益だけを考えて一挙に高利を望むようなことをせず、なによりも行商先の人々の立場を尊重することを第一に心がけるべき である。欲心を抑え、心身ともに健康に恵まれるためには、日頃から神仏への信心を厚くしておくことが大切である。


上記は滋賀県産業支援プラザよりの引用です。
商売=非生産的、という中世の考え方が根底にあると思いますが(士農工商というように、支配階級、生産階級、流通の順で偉いのが江戸時代。農業が上なのは「米は国家なり」だからです。民を飢えさせる支配者は支配者失格)、仕入れ元・卸し先・世間の3者の間で商人が活動していたということを端的に表していると思います。

IT業界で言うとどうなるのでしょうか?
「世間」は今も昔も変わらないので同じ考えで。
「買い手(卸し先)」はエンドユーザーになります。社内用システムの場合そこの社員及び関係者、携帯なりパッケージなりのソフトなら一般の人々がこれにあたります。

「売り手(仕入れ元)」がぱっと出てこないのですが… これって実はIT技術者だったりします。
というのも、IT業界の企業の社員≠開発担当のIT技術者 という現状があるわけです。
自社の人間だから、他社の人だから。という区別が常なので、必要な技術を持つ技術者を「出入り業者」と見なす企業もあれば、作るものを作ってしまえばあとは関係なくなる、と考える派遣技術者もいます。
これは悪い見方を並べたのですが、実際に自社だ他社だといちいち区別する現場では連帯感も責任感も生まれづらいので(下手をすると、だらだら残っている方が技術者側の利益になる。作業効率が悪い方が評価されるという謎な現象が普通に存在している)このくらいのことは書いても問題ないでしょう。
え? 問題ある例があるのか?
ありますよw 書けませんが。

さて、三方よしにする為にどうすればいいのか?
まず、世間よしは世間の役に立つシステムを世に送り出す、とか、社会貢献をするという道が基本です。これは業界問わずだいたい同じですので省略。

買い手よしは、役に立つシステムを適正価格で提供し続ける事が一番になります。
ここで、IT業界側が適正価格で提供し続ける意思があっても買い手が目先の損得でころころ取引相手を変えると、その分のリスクを価格に上乗せせざるを得なくなり(若しくは見えないところのサービスを落とすなどのコストカットをし)ますので、納得した企業との取引を継続する買い手というのが増えるとトータルでのIT投資が抑制出来たりします。

売り手よしが一番困難です。
IT技術者は企業に対して弱い立場に居ます。
ましてや発注元企業に対して何か言えるかというと極めて困難です。
それをいいことに経営体質強化などの美名のもと、買い叩きが横行していますがこれでは売り手になりたがる人材は減っていくのではないかと心配です。
使うべきところに金を使うというのも広義の社会貢献(消費の刺激になる)なので、売り手に対する買い叩きを控えるのがまず必要です。
無論、売り手側が技術力向上に努め続けるのも必要になりますが、努力しても正社員以外は手取りが増えないのは明らかに「売り手よし」ではないですね。
尚、買い手側の買い叩きがあるとやはりよろしくないです。


結局のところ、デフレの名のもとに進行する縮小均衡(給与減少⇒消費抑制⇒売上減少⇒給与減少⇒・・・)が根源になるわけです。
かつての自民党は公共事業で建築業界及び周辺業界の「売上減少」を解消し、広く「消費抑制」の部分を解消することで景気浮揚を行いましたが・・・
IT業界から動くとすれば、正社員以外にも昇給を行うことで消費を刺激する方策を立てることでしょうか。
その第一歩として、官公庁のIT投資のほとんどを地元中小企業と直接取引で行うのが良いのではないかな? と思います。
大手が入ると中抜きが酷いケースが多いですし、中小企業の場合、自社の規模で間に合わない部分を新規雇用なり派遣で埋めるなりという雇用創出が期待できます。(派遣で、というのはそこまで効果がないですが、やらないよりまし)
一部でこのような動きがありますが、多くの業界に対して官公庁がこの動きをすれば大手は減益になるでしょうが地域は少し活性化すると筆者は考えます。
そして、大手の社員の買い物が減る分は中小企業の社員の買い物で補って余りあるでしょう。
なにせ、大手になればなるほど余計なコスト(借入金利子・ビルなどの不動産の経費・株式の配当など)が大きく、これらコストの行く先は金に困っていない人々が大多数の為消費拡大には寄与しづらいのです。

なにやら変な方向に話が進み始めましたが、フェアトレードが景気回復の為に重要と言うことで^^

2010年8月4日水曜日

何故、非正規雇用による格差が生まれるのか?

技術方面の話題ばかりでネタが追いつかなくなった筆者です。
自分でもホントにSEなんだろうかと疑問ですが…
PostgreSQLの仕様の壁にはじきかえされて、ちと凹み中^^;
NULLを文字列結合したら、その文節全部がNULLになるって厳しいだろう… わからなくはないけどさ。


さて、非正規雇用による格差のお話ですが、その前に『非正規雇用⇒正規雇用』の移動が困難である理由をおさえておきたいと思います。

日本において、正規雇用とはかなり手厚く守られた存在(少なくとも法的には)です。
正当な理由がない場合解雇できないし、解雇前の予告期間(またはその期間の賃金の支払い)が必要だし、崩れつつありますが終身雇用が前提の待遇だし… 挙げていけばいろいろ出てきます。
それゆえに、使用者としては慎重に採用する人を決めねばなりません。一度採用したら、原則として相手が辞めると言うまでは雇用し続けなければならないからです。
慎重ゆえに求める条件も厳しくなり『即戦力』なんてわかりづらい条件が平然と口にされるようになり、かつ、年齢制限(※求人を出す際に年齢制限・男女の指定などは原則禁止。しかし採用基準に入れることは不問とされています)も自然とついてきます。
その為、小泉改革末期かその後の単年度制内閣4つのいずれかで出てきた『再チャレンジ』の資格を得られる層が、日本では実に狭いのが現状です。

うだうだ書きましたが、新卒(第二新卒含む)以外が正社員になる道は極めて狭いのです。
道が狭い理由(使用者側から見た場合)は
就業経験のない既卒お断り(⇒25歳前後で未経験正社員への道が険しくなる理由)
係長/主任クラスより年長の部下はお断り(⇒30歳で募集が一気に減る理由)
ばりばり働ける期間の短い人はお断り(⇒40代以上で募集がかなり減る理由)
という感じでしょうか。ちょっと極論ですがわかりやすい図式にする為と考えていただけると幸いです。

ちなみに、アルバイトなどの経験は就業経験扱いされないという風潮がありますが、これって単純に「アルバイトは指示通りに動くだけだから」なのでしょうか? ちょっと疑問です。

さて、本題に戻ります。
『非正規雇用⇒正規雇用』の移動が困難な理由は既に述べてしまったのですが、
 フリーターなどの期間が長いと『就業経験のない既卒』になってしまうから
です。

では、何故フリーターなどの『非正規雇用』の期間が長くなってしまったのか?
ここで個別の事情によるケース分けが発生します。


(1)新卒で就職に失敗。つなぎのつもりのバイトや派遣がずるずる数年間。気づけば30代目前だった


このケースは「就活の準備不足」や「適職の見極めの甘さ」という、当人の資質に依存するところが大きいです。
就活は情報戦であり、「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず(孫子 ~謀攻篇~)」を地でいくものでもあります。
「大手でないと」とか「この業界でないと」という思いは大切ですが、思いを実現させる為に職を得る機会を浪費してしまっては「俺は東京に出て歌手になるんだ!(ちょっと古い?)」という夢追い人と同じです。
多少規模が小さくとも、第二志望の業種であっても、全く興味が持てない仕事でないなら打ち込んでみる価値はあると思います。
というか、「この仕事しかしたくない!」と言って仕事の方に振られた場合、自業自得もいいところなのです。

(2)卒業後も趣味とバイトの現状で生きていけると錯覚し、バイトの口が激減する20代後半で慌てて正規雇用を目指す

このケースは論外ですが、一応挙げておきます。
錯覚する原因が雇用情勢の厳しさだったり、本人の気持ちの問題だったり、興味のあることに専念したいからだったりと、いろいろですが結果は同じになります。
日本では20歳以上は成人なので、大学生が自分の将来を考え、その結果発生することも想定すべき、という主張は間違っていないと思います。
高卒で、となると微妙ですが… まったく考えなしの18歳というのも微妙ですね。

(3)一度正規雇用で就職するが、数年で何らかの理由で失業する。その後、転職出来ずにずるずる過ごす

(1)(2)と異なり、(3)は一度正規雇用で就職した場合です。
実は筆者も最初の勤め先を6年半くらいで辞めて転職しているので、失業期間は1年以内でしたが(3)の経験者だったりします。
「手に職をつける」という考えで仕事をしている人や、周囲とのコネ(いい意味のコネ)を築き上げている人にとっては転職出来ないという例は少なくなりますが、言われたことをやるだけだったり、人付き合いをしなかったりすると転職が困難になりがちです。
特に理由がなければ元の業種に戻るのが近道ですが、そうでない場合は書類選考で門前払いされるケースが続出します。
他業種への転職⇒未経験者に戻る ということなので、応募者が少ない場合や書類選考で門前払いしないという方針でない限り面接にこぎつけるのは厳しいのです。


3つのケースに分けて見たのですが、結論としては
・とにかくまずは新卒で就職する(若しくはサラリーマン以外の稼ぎ方を得る)
・就職後は社外でも通用する人材を目指して働く
・どうしても耐えられない場合でも、先の展望がない場合は辞めずに転職活動に力を入れる
といったあたりが現実的な対応と言えます。

「そうはいっても就活がどうにもならない。百社以上に履歴書送っても…」
と言われかねないですが、就職を全く考えずに学校を選んだり、テストの一夜漬けのごとくマニュアル通りの行動で就職できると思いこんでいたり、自分の都合だけで物事を考えていて採用する側の事に考えが至っていなかったり… というあたりをクリアしているのかどうか謎ですね。

「既に2*歳で、いまさら学校の頃や新卒の頃の事をいわれても…」
という人もいるかもしれません。
あまり使いたくない言葉ではありますが『ゆとり乙w』と言わせていただきたいと思います。
頑張っても報われない事の多い世の中ですが、頑張らないで報われたり間違った頑張りが報われることはまずありません。
国民全員が等しく正規雇用で働き、ほどほどの広さの家と多少の贅沢のできる食事を得られる、というのは理想像ですが、そうはいかないのが現実です。
路上生活まで一直線に落ちるシステムは問題ですが、一部の不運な人と多くの展望を持たない人が平均以下の生活を送るのは競争社会ではどうしても発生する現象です。


あとは、正規雇用と非正規雇用の格差の原因ですが、これは収入の差と社会保障の差で済ませたいと思います。
それくらいしか言えることがないので^^;



ネタがネタだけに茶化したり軽い言葉を入れるのが難しかったのですが…
昔と今を比べて今の方が酷い、というのは幻想ではなかろうかと思うのです。
格差格差と底辺に目を向けさせて、誰かが得をしていると思うのですが…
得をしている『誰か』がイマイチつかめないのですよね。



2010年7月7日水曜日

システム試験におけるトリアージ

トリアージ(Triage
人材・資源の制約の著しい災害医療において、最善の救命効果を得るために、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定すること。語源はフランス語の「triage(選別)」から来ている。適した和訳は知られていないが、「症度判定」というような意味。なお、一般病院の救急外来での優先度決定も、広義のトリアージである。識別救急(しきべつきゅうきゅう)とも称する。(wikipediaより)

いきなり引用からですが、JR福知山線の事故などで知られるようになったこの言葉をシステム開発における試験フェーズと絡めてひとつ書いてみようと思います。

システム開発の試験はどれだけ理想的に進めてもちょっとした躓きで混乱や炎上がおこります。
混乱する原因は、「その不具合は何が原因なのか?」が大本です。
大まかにでも原因が特定できていないと、誰が対応すべきか/誰が対応するのが適切か、がわかりません。
最悪、全く知識のない人が調査をすることになって無駄に時間を費やすケースもあります。
原因がわからないから調査するわけですが、調査の適任者を決める為には原因個所がわからないと… 卵が先か? 鶏が先か? という感じですね^^
なので、「大まかな」原因個所の特定が重要になります。
ちなみに、このときの特定は「AかB」という程度で構わないと筆者は考えています。
無論、「これこれ、こういう風になっているのが原因と思われるので、AかBで問題があるのでは?」という推論が必須です。


「大まかな」原因個所の特定を行わずに、不具合に対処した場合はどうなるでしょうか?
このような場合、難しそうな不具合はリーダーや上級SEなどが担当し、それ以外はなんとなく(件数を頭割りするなど)それぞれのメンバーが担当することが多いと思います。
難しいところは実力のある人が、というのは正しい判断ですが、簡単な不具合に未熟若しくは担当外を担当する人が時間を取られて全体の不具合対応の進捗の足を引っ張ることも多々あります。
進捗が上がってこないとリーダーなどの負荷が増大し、さらに適材適所な不具合修正が出来なくなる悪循環に突入します。
この結果が炎上です。


混乱も炎上も極力避けたいモノですので、不具合の報告を受けた際に何が原因かの切り分けを行うべきです。
その際に便利な考え方が冒頭に書いた「トリアージ」です。


医療の現場だと「命の選別」とまで言われるのですが
(黒タグ:死亡もしくは手当てをしても助からない。  赤タグ:すぐ手当てが必要。  黄タグ:すぐにではないが、手当てが必要。  緑タグ:軽症。
黒タグが付けられた人は今息があっても手当の対象にならない)
システム開発現場では以下の基準での「選別」が考えられます。
 緊急:機能停止または他の機能への影響が大きい不具合。対処は可能な限り早く行う。
 要対応:機能がとりあえず使える、局地的な影響があるような不具合。対処は緊急の次に行う。遅くとも翌日(または2~3日。開発のスピード感に依存)には改修する。
 要検討:機能が問題なく使えるが、何らかの問題があるような不具合。対処は一週間程度のスパンで考えればOK。
 不急:機能が問題なく使え、何らかの軽微な問題があるような不具合。対処は急ぐ必要はないし、運用でのカバーなどで対処不要なケースが多い。
この基準と、大まかな原因特定を組み合わせることで各担当者の分担の最適化と改修予定が立てられます。
要検討や不急の不具合については、比較的時間のある担当外の人が見てもよいわけです。
逆に、緊急や要対応の不具合は原因と思われる個所を担当した人が見ることで迅速な対応が可能になります。
システム開発の場合、黒タグはありませんが(例外として、システムの制約で改修不可能な不具合と言うのがあります。これは黒タグ扱いに近いです)不具合の深刻さと対処期限で切り分けることで全体の進捗が滞らないようにし(他の機能に影響する不具合を放置すると、影響先の機能の試験などが滞るため)、対処期限を守る為に大まかな原因特定で適任の担当者を割り当てることを目指す考え方です。


以上が、システム開発の試験における「トリアージ」の基本的な考えですが、実践する場合はどうなるのか?
こちらについては、筆者の考えがまとまりましたら書いてみようと思います。
とはいえ、経験から出来るようになっていたようなところがあるので難しいのですが^^;



2010年6月30日水曜日

論点をずらすこと・ぼかすこと

暑いですねぇ。
本日の予想最高気温は35度だとか…
体温並みの気温は勘弁してほしい。
テンプレ演説の幸福実現党とか、20m程度の長さの駅ビルの通路に6名のビラまき要員を配置する公明党とか、帰宅時間帯の名駅前で歩道の半分を通行できないようにして演説してる民主党とか…
こっちも気温と同じくうんざりです。
さわやかな気持ちになるべく、おいしいお茶でも淹れましょうか。


今回は議論の話の続きのような感じで進めてみようと思います。

真っ向から衝突する議論。
これってわかりやすいですし、充実感も納得感もあります。
しかし、摩擦を生むのもまた事実。
その為、論点を『多少』ずらしたり、ぼかしたりするという技巧が存在します。
そうすることで真っ向からの衝突にならない分、摩擦が少なくなるわけです。
良い技巧だと思ってしまいそうですが、実はとても大きな問題をはらむ技巧だったりするのです。



右に図を書いてみました。
基準線、とあるのが論点に真っ向から向かうイメージ。
A,Bは論点をイメージしています。説明用に2つ用意しました。
そして、論点をずらした場合として、ズレ1、ズレ2の2通りを用意しています。
適当な人の絵は議論の参加者です。
尚、参加者からの距離は論点の背景と参加者の知識や概念の距離とします。
たとえば、フェルマーの最終定理に関する議論、なんて話の場合はほとんどの人にとってかなり遠くにAとかBが配置されます。

正しい論点のずらし方は、ズレ1の状態にすることです。
参加者が認識しうる範囲でずらす(距離の異なる場合でも論点とズレの線が交わっている)状態ならば、理解しづらくあっても理解できないことはまずありません。

では、ズレ2の場合はどのような状況なのでしょうか?
ズレ2はAとは交わっていますが、Bとは交わりません。
これは、論点の背景を熟知している人は理解できるけど、そうでない人は論点を認識できない状況を意味します。
先ほどのフェルマーの最終定理でいえば、
  3 以上の自然数 n について、xn + yn = zn となる 0 でない自然数 (xyz) の組み合わせがない
というのは論点がわかっても、そこから少しでもズレると(たとえば、正則素数非正則素数とか、「すべての楕円曲線モジュラーである」とか… フェルマーの最終定理の証明に使われた定理・概念です)全く理解の範囲外になってしまうわけです。
ちなみに、上記で挙げたズレの例は数学的にはそこまで大きくありません。(谷山・志村予想はずいぶん遠いのですが^^;


論点をずらすのは危ないことなのです。




では、論点をぼかすのはどうでしょうか?
こちらは説明を省略する、若しくは抽象化するという方法をとります。
「黒こげになった、かつては食材であったもの」
「真黒な炭化物の塊」
「炭」
いずれも漫画などで出てくる失敗料理の描写ですが、「焦がして失敗した料理」と書く場合に比べて、伝わり方が変化します。
上から順に、情報を欠落させてみたのですが…
いずれの例にしても作り手が泣きそうな表現ですね^^;


文学作品や文章などで多用するのは良いのですが、議論を行う際に多用すると論点がわからなくなりそうですね。
実際にぼかしたことで議論が迷走、なんてことも起こりえます。
大抵無駄な時間を使うことになるわけで…


論点はずらすにせよぼかすにせよ、その危険性を認識したうえで慎重に、というのが必要ですね。



2010年4月28日水曜日

勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦いを求む

気が向いたので孫子の一節を。

古の所謂善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。故に、善く戦う者の勝つや、知名なく勇功なし。

故に、その戦い勝ちてたがわず。たがわざるは、その措く所、必ず勝つ。
すでに敗るる者に勝てばなり。
この故に、勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いてしかる後に勝ちを求む。
(軍形篇)
 
非常に簡単に言うと
『上手に戦いをする人は勝ちやすい状況を作り、勝ちやすい相手と戦う。だから、立派な働きをしているように見えないのに戦えば勝つ。それは既に負けが決まったような相手と戦うからだ』
という程度の意味です。
 
孫子は格調高い、まとまった文章が特徴であることが知られているので、状況を置き換えた文章を並べた本がずいぶんと出回っています。
なので、単純な置き換えではなく、実際の現場に即した書き方を試してみたいと思います。
 
『デスマーチと無縁に見えるプロジェクトリーダーは、要件と期間から”自分たちが”出来るかどうかを判断して出来る案件を優先的に請けるし、難しい案件でも条件を交渉して出来るように持っていく。
そのうえで予定通りに作業を進められるように準備・管理を行うので、大して仕事をしていないように見えるのに予定の期間と費用で仕事が終わっている。』
 
実際にはそんな案件ばかり請けることは難しいのですが、以下の循環に入る企業が多く見られます。
 
 案件(仕事の受注)や単価(売り上げ)が減って経営が厳しい
  ↓
 少しでも売り上げがほしいのでどんな案件でも請ける気持ちになってしまう
  ↓
 明らかに厳しい案件だが請けてしまう
  ↓
 プロジェクト炎上&デスマーチ発生
  ↓
 若手や中堅から戦線離脱&熟練者を含めたメンバーの退職を誘発
  ↓
 作業効率の低下
  ↓
 顧客からの評価が低下して案件や単価が減る
  ↓
 以下、エンドレス
 
この悪循環に近いことをしている企業を見たことがありますが、そこでは中途採用を積極的に行ってカバーしている様子でした。(4月に入社した新人十数名全員が翌年2月までに退職したと聞きましたが^^;)
明らかに「敗兵は先ず戦いてしかる後に勝ちを求む」状態ですね。
 
悪循環からの脱出方法は正直書くことができません。しかし、悪循環に陥らないようにとは言えますので、自分たちに出来そうにもない(作業量的に、です。技術や知識は補えることが多いので)仕事は請けないようにしましょう、としか言えないのです。孫子が生きていたとしても同様でしょう。
 

2010年4月20日火曜日

人材類型を考えてみる… ?

今回はかなり弱気ですが、システム開発にかかわる人材の類型を考える手掛かりとして、あるドイツ軍人が言ったとされる名言を取り上げてみます。
かなり歯切れが悪いですが… この名言は誰が言ったのかちゃんとした情報がないそうです。
詳しくは「ハンス・フォン・ゼークト wiki」でぐぐってみて下さい。

――――――――――――引用開始――――――――――――――
軍人は4つに分類される。


有能な怠け者。これは前線指揮官に向いている。
 理由は主に二通りあり、一つは怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させるため。そして、どうすれば自分が、さらには部隊が楽に勝利できるかを考えるためである。

有能な働き者。これは参謀に向いている。
 理由は、勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、部下を率いるよりは参謀として司令官を補佐する方がよいからである。また、あらゆる下準備を施すためでもある。

無能な怠け者。これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。
 理由は自ら考え動こうとしないので参謀や上官の命令どおりに動くためである。

無能な働き者。これは処刑するしかない。
 理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、さらなる間違いを引き起こすため。
――――――――――――引用終了――――――――――――――


これの何処が手掛かりになるか?
「有能/無能」と「働き者/怠け者」のマトリクスで考えていますので、他への応用がしやすいのです。
まぁ、どんな組織でも「有能/無能」と「働き者/怠け者」のマトリクスは使えますのでそのままでもOKですね。
さすがに処刑はなしですけど^^;

システム開発的に、「有能/無能」と「働き者/怠け者」のマトリクスを使うとどうなるか…
――――――――――――改変開始――――――――――――――

SEは4つに分類される。

有能な怠け者。これはリーダーまたは教育者に向いている。
 理由は主に二通りあり、一つは怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させる、若しくは部下の力を引出し、伸ばそうとするため。そして、どうすれば自分が、さらにはチームが楽に仕事を達成できるかを考えるためである。

有能な働き者。これは開発主任に向いている。
 理由は、勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、部下を率いるよりは開発の中心人物としてリーダーを補佐する方がよいからである。また、あらゆる下準備を施すためでもある。

無能な怠け者。これは作業者に向いている。
 理由は自ら考え動こうとしないのでリーダーや主導的立場の人間の指示どおりに動くためである。また、定形化された業務を行うことにも向いている。

無能な働き者。これはコーダに向いている。
 理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、さらなる間違いを引き起こすため。設計書通りの作業を与えるしかない。
――――――――――――改変終了―――――――――――――

どうしても、「有能な怠け者」のほうが「有能な働き者」よりも上の立場にいきますね。
「有能な働き者」が他の人にも自分と同じレベルの働きを求めてしまうと上には立てないから、というのが切実な理由なのですが、どこか抜けている上を下が支え、フォローしていく形の成功例が多いのも事実ですね。
尚、「無能な怠け者」は実は組織に欠かせない存在です。
非常に人聞きの悪い分類ですが、「有能な」人材は単調な作業を嫌う傾向にあるので補完関係になるわけです。