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2011年9月5日月曜日

戦略よもやま

のっけから引用です。

偉い人たちの戦略の定義

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【 戦略の定義 】

●カール・フォン・クラウゼヴィッツ
戦略とは戦争目的のための交戦の使用だ。

●フォン・モルトケ
戦略とは戦争における目標の獲得をめざす将軍の裁量によって決定された、
実践的な手段の適合である。

●リデルハート
戦略とは政策の目的を実現するために、軍事的手段を配分して応用するアートのことだ。

●アンドレ・ボーフル
戦略とは・・・軍事力で対立するためのアート、
もしくは軍事力を使う二つの相反する意思を持つ相手が紛争を解決するために使うアートである。

●グレゴリー・フォスター
戦略とは究極的にいえば、事実上のパワーの行使のことだ。

●ワイリー
戦略とは何かしらの目標を達成するための一つの「行動計画」であり、
目標を達成するための手段を組み合わせたシステムと一体となった、一つの「ねらい」である。

●マーレー&グリムズレイ
戦略とは一つのプロセスであり、チャンス、不確実性、
あいまいさが支配する世界の変化する状況や条件に合わせて、常に適合することだ。

●ロバート・オズグッド
戦略とは、パワーの経済、外交、心理面を連携させて対外政策を
公然・非公然・暗黙的に最も効果的に下支えするような、
「軍事的な強制力を使用する能力のための全体的なプラン」として理解されることが今後とも必要であろう。



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まとめてあったのでまた引きしてますが、元は「地政学を英国で学んだ」、引用元は「それにつけても金のほしさよ」の >>406 です。
引用元が激しく謎ですが、「やる夫スレ」という、AAで話を作っていく2ちゃんねるのスレの一つをまとめたサイトです。
ちなみに、リンク先は李斯(中国の戦国時代末期の人。荀子の弟子で法家。あまり知名度なし。韓非子の引き立て役扱いすら・・・)を主人公にしたお話です。
結構読みやすい上に、ちゃんと資料に当たっているようなのでオススメ。
上記引用で知名度高いのはクラウゼヴィッツかな? 戦争論だったかと・・・


わき道にそれ始めましたが、何でこんな面倒なことを書いたかといいますと、日本ではあまり意識されていないからです。
意識されていないけど、これを考えないと今後の方針を立てるのが困難になるのです。


モルトケの言葉は非常にわかりやすいのですが、これあまり意識されていない気がしますね。
 「戦略とは企業活動における目標の獲得を目指す社員の裁量によって決定された、実践的な手段の適合である」
とか言っても違和感ないです。


といってもわかりづらいので、引用元から上記をわかりやすくしたものを・・・


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Vision(ビジョン/展望)
「儒ではなく法によって統治される世界をつくる」
↓
Policy(ポリシー/政策)
「法で国を治めて、大陸を統一するぞ」
↓
Grand Strategy(グランドストラテジー/大戦略・国家戦略)
「戦争で隣国を平らげるぞ」「遠方の相手は外交や策で抑える」
↓
Military Strategy(ミリタリーストラテジー/軍事戦略)
「趙の次は魏を討つ」「あの城を奪う」
↓
Operation(オペレーション/作戦)
「主力集団を誘い込んで皆殺し」
↓
Tactics(タクティクス/戦術)
「伏兵だ」「火だ」「突っ込んでやるっていう」
↓
Technique(テクニック/技術)
「李斯殺し」



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李斯の生きる方針を整理した例です。
(「テクニック」はネタということで華麗にスルーを推奨します、深く突っ込みたい方は引用元を通読するとわかりますがかなり長いですので華麗にスルーを推奨します)


これを筆者の勤め先で適用するとどうなるか?


・・・実は適用できません。
単純に情報不足なのですけどね^^;


適用できないとどうなるか?
妄想しか出来なくなります。いえ、ホント。
根拠がないので今後の展開とか考えると妄想や願望でしか考えられないのです。
となると、キャリアアップというか能力開発というかを社員ひとりひとりが考える上での方針になるのが資格手当ての出る資格となります。


資格が仕事に直結してる場合、これで問題ないのですが・・・ システム開発ってそういう資格(業務独占資格)はないのですよね。
(ベンダーが決めているのはあるかもしれませんが・・・)


そこで悩んだ筆者。とりあえず、中小企業診断士を狙ってみることにしました。
これを取ると・・・ 多分技術者でいられなくなるのでしょうね。取れればですが、ええ難関ですから取れればという注釈付ですがw


まぁ、上から下まで日本という国は戦略とか考えてない気がします。
筆者自身が考えているかというと・・・ 微妙ですが^^;




(追記)
少し情報を得たので埋めてみます。

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Vision(ビジョン/展望)
「中小企業を支援する企業となる」
↓
Policy(ポリシー/政策)
「システムの提供を通じて支援する」
↓
Grand Strategy(グランドストラテジー/大戦略・国家戦略)
「???」
↓
Military Strategy(ミリタリーストラテジー/軍事戦略)
「???」
↓
Operation(オペレーション/作戦)
「???」
↓
Tactics(タクティクス/戦術)
「java(struts)」「Androidアプリ」
↓
Technique(テクニック/技術)
「個人レベルでの技術伝承」「個人技での開発」



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MitoLyzerは軍事戦略くらいにはなりそうですが、作戦が「薄利多売」「長期契約」、戦術が「営業任せ」、技術は見えないですね。
今動いているのでそちらで何か進展があるかもしれませんが・・・

真ん中がすっかり抜けているのが致命的^^;

2011年1月24日月曜日

二つに分けて考える

謎なタイトルにして見ました。
やること自体は非常に単純でして、何らかの集団を考える際にある概念(視点など)を使って分類するだけです。

この時に、分けるのは一つの概念につき二つまでにする事に意味があると思います。
三つ以上の例として血液型占いが有ります。
これ、四つに分けてるのでイマイチスッキリしません。
どうしても類似する部分が出てしまうんですよね・・・

二つの場合どうか?
AでなければBなのですっきり感が得られやすいのです。
複雑なものを分類するなら、二個三個と概念を増やせば、四通り八通りと増えて行くので問題ないです。

ここから職場における「上昇志向の強弱」で話を書いてみようと思いましたが、残念ながら余白が足りません





・・・・・・・・・

どこのフェルマーだ!
と思った貴方

すごいです( ̄▽ ̄)

2010年12月24日金曜日

指導の難しさ

なにやら賢しげなタイトルを付けてみた筆者です。

かつては地域の剣道の指導者の末席に名を連ね、学生時代に塾講師もやっていた関係で指導ということに随分と関心があると思っていますが、そのあたりの経験から職場における指導について軽く触れてみようと思います。


職場での指導は、OJTと呼ばれることが多いです。
On Job Traning の略語だったと記憶していますが、仕事しながらの訓練、というところです。
当然ですが、教わる側が仕事としての成果を出しつつ知識・経験を得て初めてOJT成功となります。
2倍の成果(仕事の成果+教育の成果)を上げねばならないので、普通は仕事自体が軽めになっていることが多いです。
そして、教える側は自身の通常業務+指導という負荷の高い状態になります。

つまり、教わる側は良いけど教える側は辛い、というのが一般的なのです。

教える側は辛い、と言いましたが、この辛さをどのように処していくかがその人の器だと考えています。

まずは駄目な方から。
放置する・思い通りにならないと言って教わる側に当り散らす などは論外。
立場(教える側が上司ないしは先輩です)を振りかざして言うことを聞かせるというのもろくでなしな証です。
このタイプは、自身の能力に自信がなかったり、逆に自信がありすぎたり、体系立てて教えるということを知らなかったりするケースが多いと感じます。
自信がない/自信過剰の場合、予定通りに行かないのはかなりのストレスになることが多いので、当たる先は目の前のストレス源(=教わる側)になります。
体系立てて教えることを知らないから、放置して独学で伸びてきた人間をみて「人は勝手に育つ」と思い込みます。

少しマシになって、すぐに答えを教えるというのがありますが、これは良くもなく悪くもないレベルです。
ある答えを得る過程の練習が重要な為です。

さて、ここまで駄目なケースを出してきましたが、ならどうすればいいのか? とお思いかと思います。
筆者としては、指導は支えであると考えています。
OJTは大抵、教わる側の能力の1~2段階くらい上のことをやります。
(無論、作業量自体は少なめになりますが)
例えるならば、段差の大きい階段を上るようなものです。
段差が小さいとOJTの意味がありませんが、あまりにも段差が大きいと上ることが出来なくなります。
教わる側にとって大きすぎる段差がある場合に、その大きさを小さくする方法を教える/示唆するのが指導です。
教わる側が、段差を小さくする方法の考え方自体を知らない場合はまず考え方を教えます。
これは直接考え方自体と実例で教えてしまいます。
教える側の考えの押し付け、と思う方も居るかもしれませんが、まずは枠を用意しないことには始まりません。
考え方を知った後は、方法を示唆することに切り替えます。
若しくは、回答させた際に「別のやり方として・・・」と言って説明するのも良いです。
教わる側は考えた末に答えを出しているわけですから、考えた事自体を否定するような言動はNGだと思います。

これを実践すると、教える側は大変な忍耐を強いられるのですが・・・
耐えることが出来ない場合、指導自体が無意味若しくは逆効果になってしまいます。
随分と悠長なことをする、と思われるかもしれませんが、一朝一夕に今の技能を身につけた人はいないでしょうし、手順を一度聞いただけでその手順になった経緯と理由の全てがわかる人もいません。
教育とは悠長なものなのです。

競争だ、と言って必死に業績を上げようとする。これは企業としてある意味正しい姿勢です。
しかし、競争の追及をしていくと教育が疎かになり、長期的には企業の力がなくなってしまいます。
格差社会、競争社会といわれて久しいですが、少し立ち止まって物事を見る癖を付けておかないと、ついてくる者は誰もいないという状況になってしまいます。

・・・ と、言ってみても、どの組織でも競争に血道をあげる人は居るんですよね。
それも、周りにも強要する姿勢で臨むという・・・


ちょっと凹み気味な為に、凹んだオチです。

2010年10月19日火曜日

学問と事業の境界

絶賛凹み中の筆者です。
いつまでもこの状況というわけでもない・・・ 事に希望をつなぐのみです。


今日の話題のきっかけは、来年の新人研修の内容についての相談でした。
プログラミングについて、何を教えようか? というのが大まかな内容だったのですが・・・
筆者は大学では古典的なプログラミング通論を学び、それをベースにしてここまできているので、ついつい
『スタックとキューの概念は共通認識』
とか
『ソートのオーダの問題は一般常識』
などと危険なことを考えてしまいます。

これは一般的なIT技術者(ソフトウェア開発系)の一般常識ではないのが現状なので、あくまで学問としての常識でしかありません。
本音を言えば、比較的整列されていることが予想されるデータと、全くのランダムに入ってくるデータとでソートのアルゴリズムを変えるくらいはしてほしいところですが、本気で期待してはいけないという割り切りをしています。
(データベースにソートを任せるほうがトータルで速いというのが主流というのもあります。メモリやオーダを意識せずにコーディングできるのが良いか悪いかは保留します)

新人研修、というと、ほぼ大学の1,2年次の講義内容と同じ事をやっておけばそれなりにコーディングできるようになるわけで・・・
実際に、筆者の学生時代の同学年(情報工学科180名)のうち約半数がパソコンを持っていなかったりパソコンを使ったことがなかったりした人だったのに、1年間で8割くらいがちょっとしたプログラムを書けるレベルになっています。
え? あとの2割はって?? どこでも、課題やノートを写す人は居るものです^^;
あるテスト前の日に、顔見知りですらない人に「ノートを貸して欲しい」と言われて、あまりの集約記述(要するに細かく書きすぎで字の汚さが目立たない書き方です)ぶりを見られるのが嫌さに断ったこともあります。

学生の1年間=30~40コマ=45~60時間(演習時間除く) となりますので、新人研修で言えば1ヶ月もあれば十分に同じ分量のことを学べます。
が、ここで学問的に必要な基礎と事業で必要な基礎の差を考えねばならないわけです。
正直、教養としてデータ構造(スタック・キューなど)やソートの種類と特徴はおさえておきたいのですが、実際に仕事で使うのかと言うと・・・ 技術文書を読む際に出てくるかどうか? というレベルです。
使わないから必要ないのか・・・ と言うと、これまた違って。教養とは何ぞ? という議論になってきます。
ある程度の割り切りは必要ですが、今使っているもののルーツを知ることは本質を知ることに不可欠でもあります。

と、いうように考えていくと『必要』『不要』が目まぐるしく変わって悩みが深くなる一方です。

とりあえず、パズルのノリで原理を知らずにコーディング、というのを回避できるくらいの内容を揃えたいなぁ、と思う次第だったりします。



2010年8月18日水曜日

「三方よし」とIT業界

暑いですねぇ
思わず脳みそが沸騰しそうですが、なんとか秋まで頑張りましょう

暑いせいか、タイトルがまともです。
これも酷暑のせいと思ってください。


さて、IT業界は良いとして、「三方よし」とはなんでしょうか?
知っている方が多いならそれに越したことはありませんが、一応説明を入れておきます。
 商取引においては、当事者の売り手と買い手だけでなく、その取引が社会全体の幸福につながるものでなければならないとう意味での、売り手よし、買い手よし、世間よしという「三方よし」の理念は、近江商人の経営理念に由来する。(中略) 

 異境を行商してまわり、異国に開いた出店を発展させようとする近江商人にとっては、もともと何のゆかりもなかった人々から信頼を得ることが肝心であった。その他国商いのための心構えを説いた近江商人の教えが、現代では「三方よし」という言葉に集約して表現されるようになったのである。 「三方よし」の直接の原典となったのは、宝暦4(1754)年に70歳となった麻布商の中村治兵衛宗岸(そうがん)が15歳の養嗣子に認めた書置(かきおき)のなかの次の一節である。
 たとへ他国へ商内に参り候ても、この商内物、この国の人一切の人々、心よく着申され候ようにと、自分の事に思わず、皆人よき様にと思い、高利望み申さずとかく天道のめぐみ次第と、ただその行く先の人を大切におもふべく候、それにては心安堵にて、身も息災、仏神の事、常々信心に致され候て、その国々へ入る時に、右の通りに心ざしをおこし申さるべく候事、第一に候
 この条文は以下のように読み解くことができる。
他国へ持下り商いに出かけた場合は、持参した商品に自信をもって、その国のすべての人々に気持よく使ってもらうようにと心がけ、その取引が人々の役に立つことをひたすら願い、損得はその結果次第であると思い定めて、自分の利益だけを考えて一挙に高利を望むようなことをせず、なによりも行商先の人々の立場を尊重することを第一に心がけるべき である。欲心を抑え、心身ともに健康に恵まれるためには、日頃から神仏への信心を厚くしておくことが大切である。


上記は滋賀県産業支援プラザよりの引用です。
商売=非生産的、という中世の考え方が根底にあると思いますが(士農工商というように、支配階級、生産階級、流通の順で偉いのが江戸時代。農業が上なのは「米は国家なり」だからです。民を飢えさせる支配者は支配者失格)、仕入れ元・卸し先・世間の3者の間で商人が活動していたということを端的に表していると思います。

IT業界で言うとどうなるのでしょうか?
「世間」は今も昔も変わらないので同じ考えで。
「買い手(卸し先)」はエンドユーザーになります。社内用システムの場合そこの社員及び関係者、携帯なりパッケージなりのソフトなら一般の人々がこれにあたります。

「売り手(仕入れ元)」がぱっと出てこないのですが… これって実はIT技術者だったりします。
というのも、IT業界の企業の社員≠開発担当のIT技術者 という現状があるわけです。
自社の人間だから、他社の人だから。という区別が常なので、必要な技術を持つ技術者を「出入り業者」と見なす企業もあれば、作るものを作ってしまえばあとは関係なくなる、と考える派遣技術者もいます。
これは悪い見方を並べたのですが、実際に自社だ他社だといちいち区別する現場では連帯感も責任感も生まれづらいので(下手をすると、だらだら残っている方が技術者側の利益になる。作業効率が悪い方が評価されるという謎な現象が普通に存在している)このくらいのことは書いても問題ないでしょう。
え? 問題ある例があるのか?
ありますよw 書けませんが。

さて、三方よしにする為にどうすればいいのか?
まず、世間よしは世間の役に立つシステムを世に送り出す、とか、社会貢献をするという道が基本です。これは業界問わずだいたい同じですので省略。

買い手よしは、役に立つシステムを適正価格で提供し続ける事が一番になります。
ここで、IT業界側が適正価格で提供し続ける意思があっても買い手が目先の損得でころころ取引相手を変えると、その分のリスクを価格に上乗せせざるを得なくなり(若しくは見えないところのサービスを落とすなどのコストカットをし)ますので、納得した企業との取引を継続する買い手というのが増えるとトータルでのIT投資が抑制出来たりします。

売り手よしが一番困難です。
IT技術者は企業に対して弱い立場に居ます。
ましてや発注元企業に対して何か言えるかというと極めて困難です。
それをいいことに経営体質強化などの美名のもと、買い叩きが横行していますがこれでは売り手になりたがる人材は減っていくのではないかと心配です。
使うべきところに金を使うというのも広義の社会貢献(消費の刺激になる)なので、売り手に対する買い叩きを控えるのがまず必要です。
無論、売り手側が技術力向上に努め続けるのも必要になりますが、努力しても正社員以外は手取りが増えないのは明らかに「売り手よし」ではないですね。
尚、買い手側の買い叩きがあるとやはりよろしくないです。


結局のところ、デフレの名のもとに進行する縮小均衡(給与減少⇒消費抑制⇒売上減少⇒給与減少⇒・・・)が根源になるわけです。
かつての自民党は公共事業で建築業界及び周辺業界の「売上減少」を解消し、広く「消費抑制」の部分を解消することで景気浮揚を行いましたが・・・
IT業界から動くとすれば、正社員以外にも昇給を行うことで消費を刺激する方策を立てることでしょうか。
その第一歩として、官公庁のIT投資のほとんどを地元中小企業と直接取引で行うのが良いのではないかな? と思います。
大手が入ると中抜きが酷いケースが多いですし、中小企業の場合、自社の規模で間に合わない部分を新規雇用なり派遣で埋めるなりという雇用創出が期待できます。(派遣で、というのはそこまで効果がないですが、やらないよりまし)
一部でこのような動きがありますが、多くの業界に対して官公庁がこの動きをすれば大手は減益になるでしょうが地域は少し活性化すると筆者は考えます。
そして、大手の社員の買い物が減る分は中小企業の社員の買い物で補って余りあるでしょう。
なにせ、大手になればなるほど余計なコスト(借入金利子・ビルなどの不動産の経費・株式の配当など)が大きく、これらコストの行く先は金に困っていない人々が大多数の為消費拡大には寄与しづらいのです。

なにやら変な方向に話が進み始めましたが、フェアトレードが景気回復の為に重要と言うことで^^

2010年8月4日水曜日

何故、非正規雇用による格差が生まれるのか?

技術方面の話題ばかりでネタが追いつかなくなった筆者です。
自分でもホントにSEなんだろうかと疑問ですが…
PostgreSQLの仕様の壁にはじきかえされて、ちと凹み中^^;
NULLを文字列結合したら、その文節全部がNULLになるって厳しいだろう… わからなくはないけどさ。


さて、非正規雇用による格差のお話ですが、その前に『非正規雇用⇒正規雇用』の移動が困難である理由をおさえておきたいと思います。

日本において、正規雇用とはかなり手厚く守られた存在(少なくとも法的には)です。
正当な理由がない場合解雇できないし、解雇前の予告期間(またはその期間の賃金の支払い)が必要だし、崩れつつありますが終身雇用が前提の待遇だし… 挙げていけばいろいろ出てきます。
それゆえに、使用者としては慎重に採用する人を決めねばなりません。一度採用したら、原則として相手が辞めると言うまでは雇用し続けなければならないからです。
慎重ゆえに求める条件も厳しくなり『即戦力』なんてわかりづらい条件が平然と口にされるようになり、かつ、年齢制限(※求人を出す際に年齢制限・男女の指定などは原則禁止。しかし採用基準に入れることは不問とされています)も自然とついてきます。
その為、小泉改革末期かその後の単年度制内閣4つのいずれかで出てきた『再チャレンジ』の資格を得られる層が、日本では実に狭いのが現状です。

うだうだ書きましたが、新卒(第二新卒含む)以外が正社員になる道は極めて狭いのです。
道が狭い理由(使用者側から見た場合)は
・就業経験のない既卒お断り(⇒25歳前後で未経験正社員への道が険しくなる理由)
・係長/主任クラスより年長の部下はお断り(⇒30歳で募集が一気に減る理由)
・ばりばり働ける期間の短い人はお断り(⇒40代以上で募集がかなり減る理由)
という感じでしょうか。ちょっと極論ですがわかりやすい図式にする為と考えていただけると幸いです。

ちなみに、アルバイトなどの経験は就業経験扱いされないという風潮がありますが、これって単純に「アルバイトは指示通りに動くだけだから」なのでしょうか? ちょっと疑問です。

さて、本題に戻ります。
『非正規雇用⇒正規雇用』の移動が困難な理由は既に述べてしまったのですが、
 フリーターなどの期間が長いと『就業経験のない既卒』になってしまうから
です。

では、何故フリーターなどの『非正規雇用』の期間が長くなってしまったのか?
ここで個別の事情によるケース分けが発生します。


(1)新卒で就職に失敗。つなぎのつもりのバイトや派遣がずるずる数年間。気づけば30代目前だった


このケースは「就活の準備不足」や「適職の見極めの甘さ」という、当人の資質に依存するところが大きいです。
就活は情報戦であり、「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず(孫子 ~謀攻篇~)」を地でいくものでもあります。
「大手でないと」とか「この業界でないと」という思いは大切ですが、思いを実現させる為に職を得る機会を浪費してしまっては「俺は東京に出て歌手になるんだ!(ちょっと古い?)」という夢追い人と同じです。
多少規模が小さくとも、第二志望の業種であっても、全く興味が持てない仕事でないなら打ち込んでみる価値はあると思います。
というか、「この仕事しかしたくない!」と言って仕事の方に振られた場合、自業自得もいいところなのです。

(2)卒業後も趣味とバイトの現状で生きていけると錯覚し、バイトの口が激減する20代後半で慌てて正規雇用を目指す

このケースは論外ですが、一応挙げておきます。
錯覚する原因が雇用情勢の厳しさだったり、本人の気持ちの問題だったり、興味のあることに専念したいからだったりと、いろいろですが結果は同じになります。
日本では20歳以上は成人なので、大学生が自分の将来を考え、その結果発生することも想定すべき、という主張は間違っていないと思います。
高卒で、となると微妙ですが… まったく考えなしの18歳というのも微妙ですね。

(3)一度正規雇用で就職するが、数年で何らかの理由で失業する。その後、転職出来ずにずるずる過ごす

(1)(2)と異なり、(3)は一度正規雇用で就職した場合です。
実は筆者も最初の勤め先を6年半くらいで辞めて転職しているので、失業期間は1年以内でしたが(3)の経験者だったりします。
「手に職をつける」という考えで仕事をしている人や、周囲とのコネ(いい意味のコネ)を築き上げている人にとっては転職出来ないという例は少なくなりますが、言われたことをやるだけだったり、人付き合いをしなかったりすると転職が困難になりがちです。
特に理由がなければ元の業種に戻るのが近道ですが、そうでない場合は書類選考で門前払いされるケースが続出します。
他業種への転職⇒未経験者に戻る ということなので、応募者が少ない場合や書類選考で門前払いしないという方針でない限り面接にこぎつけるのは厳しいのです。


3つのケースに分けて見たのですが、結論としては
・とにかくまずは新卒で就職する(若しくはサラリーマン以外の稼ぎ方を得る)
・就職後は社外でも通用する人材を目指して働く
・どうしても耐えられない場合でも、先の展望がない場合は辞めずに転職活動に力を入れる
といったあたりが現実的な対応と言えます。

「そうはいっても就活がどうにもならない。百社以上に履歴書送っても…」
と言われかねないですが、就職を全く考えずに学校を選んだり、テストの一夜漬けのごとくマニュアル通りの行動で就職できると思いこんでいたり、自分の都合だけで物事を考えていて採用する側の事に考えが至っていなかったり… というあたりをクリアしているのかどうか謎ですね。

「既に2*歳で、いまさら学校の頃や新卒の頃の事をいわれても…」
という人もいるかもしれません。
あまり使いたくない言葉ではありますが『ゆとり乙w』と言わせていただきたいと思います。
頑張っても報われない事の多い世の中ですが、頑張らないで報われたり間違った頑張りが報われることはまずありません。
国民全員が等しく正規雇用で働き、ほどほどの広さの家と多少の贅沢のできる食事を得られる、というのは理想像ですが、そうはいかないのが現実です。
路上生活まで一直線に落ちるシステムは問題ですが、一部の不運な人と多くの展望を持たない人が平均以下の生活を送るのは競争社会ではどうしても発生する現象です。


あとは、正規雇用と非正規雇用の格差の原因ですが、これは収入の差と社会保障の差で済ませたいと思います。
それくらいしか言えることがないので^^;



ネタがネタだけに茶化したり軽い言葉を入れるのが難しかったのですが…
昔と今を比べて今の方が酷い、というのは幻想ではなかろうかと思うのです。
格差格差と底辺に目を向けさせて、誰かが得をしていると思うのですが…
得をしている『誰か』がイマイチつかめないのですよね。



2010年7月14日水曜日

小ネタ 勉強してみる?

職場での課題から小ネタ。

筆者はSEなのですが、当然ながら職場にはシステム開発の技術者が多いです。
その為、若手は特に勉強することを求められます。
というよりも、会社側が若手を戦力とすべく(また、会社に依存しない技術者とすべく?)勉強することを求めます。

目安として、基本情報技術者試験に合格すること、というのがあるのですが…
どうも筆者はこの基準が腑に落ちません。
自身が基本情報技術者とソフトウェア開発技術者(現行の応用情報技術者にほぼ相当)持ちであるにもかかわらず、です。

資格を取得する、という行為自体は能動的に動く必要があり、かなりの力を使う必要がある為、その気がない人には出来ません。
とはいえ、資格を取るのが目的の人が多いのではないかな? と思ってしまうのです。
(就活中の学生さんは特に注意してください)

資格取得はきっかけであり、勉強の過程で得られる知識(試験に出ないような知識と、他の分野の周辺知識が結びつくのが重要)が最大の成果だと思います。
無論、資格を取れれば形として他人に示せるので良いことなのですが、取れなかったとしても正しい勉強をしていれば何かしらプラスになっていると思います。
逆に、暗記だけで試験を受けに行く人などはあまりプラスになっていないと思います。

その分野に対する理解を深めること。そしてそれを業務なりなんなりに生かすことが最終的な目標になると思うのですが…
大学と同じで、合格してしまえばこっちのもの、という人が多いのですよねぇ…

2010年6月28日月曜日

議論って何?

暑いですねぇ。
本日の予想最高気温は33度だとか。
W杯の誤審やら、菅総理が消費税上げ(10%)について公約ではないとか良く分からない事が新聞などを賑わせておりますが今回は良く分からないことをわかるようにする為の工夫に通じるかもしれません。


議論という言葉について調べようと思い、Google先生に質問をしてみると・・・
今回の質問に対する的確な回答は頂けませんでした^^;
そのかわりコレが出てきましたので、お時間のある方は見てみてください。「議論のしかた」だとか・・・ ちょっと堅いかなと思いましたが悪くはないですね。


まず、議論は何のためにするのか?
特に企業においては課題の解決策を決定する為、というのが第一義になるでしょう。
この場合の「課題」とは、顕在化しているものだけでなく潜在的なものも対象になります。
当然、潜在的な課題を顕在化させること自体が課題となることもあるわけですが、その辺は余裕で別に話が書けてしまうので保留します。

課題の解決の為、となると、議論のやり方は決まってきます。
  1. 課題を参加者で共有する
  2. 課題の解決策を用意/提案する
  3. 解決策の長所/短所を参加者が理解できるように説明する
  4. ここの解決策について参加者がそれぞれ考え、最善または次善の策を選び、実行に移す
というステップで議論⇒実行へと進むわけです。

このとき重要なのは
  • 他の参加者の話を聞く
  • 他の参加者が理解できる話をする
  • 課題を忘れない
  • 実行できる案を提案する
といったあたりです。
実に当然のことばかりですね。
しかしながら・・・・・・

意外と人の話を聞けない社会人は多いもので、
理解しているかどうか窺いながら話をする人も少数派なわけで・・・
話しているうちに、課題の解決ではなく論敵の撃破に力を入れてしまったり、
実現不可能な絵空事を提案してみたり・・・

心当たり(自分でも他人でも可)がない方は居ないと思います。

議論ではありませんが、筆者自身Chromeの速度を社内で伝えようとして説明への理解度を見ずに話をしてしまったのであまり偉そうなことは言えません^^;

相手を知り、自分を知ってもらうことで議論は進むのではないかな? と思うので、自説を押し通そうとする人とは議論できないなぁ、と思う今日この頃です。
自説を押し通すだけなら議論じゃなく指示/命令で良いわけですから。

2010年6月25日金曜日

明日教える為に、今日聴く

参議院選挙が始まりました。
8時~20時までは騒音に悩まされる日々が2週間ほど続くことになります。
あまりにもうるさく、日常生活に支障がある場合にはお近くの選管まで^^;


時事ネタでつかみはオッケー(?) ということにして、本題。

筆者は中途入社で今の会社に入った為、社歴的には先輩ばかりの状態です。
しかし、年齢的には20代の社員が多いので教える立場になることもあります。
当然、教わる立場でもあります。
教わるのはよいとして、教える為の元ネタってどうやって仕入れているのか?
「そんなの経験だよ」
と割り切れる方にはつまらない話だと思いますが、書いてみようと思います。

人に物事を教える(若しくは伝える、でも可)というのは存外大変な作業です。
相手の持っているであろう知識や概念と、教える物事の溝を埋めたり橋をかけたりする作業と言ってよいでしょう。
(脱線ですが、企業の採用において高学歴者(それも難関校)を優先する背景の一つは、知識や概念の量の多さと質の高さを期待するがゆえと考えることが出来ます)
ということは、少なくとも教える物事を相手に認知させるのに必要な知識や概念を理解していないと、この作業を行うのは困難ということになります。

では、教える為に必要な知識や概念はどうやって仕入れるのでしょう?

一つのアプローチは、
「自分が理解した時のことを覚えておく」
です。
どのような知識や概念からその物事を理解したのか?
これと同じ道筋をたどれば他の人も理解できるはず。という考え方です。
汎用性は低いですが、比較的容易に実践可能です。
何故汎用性が低いかと言うと、自分自身と同じような知識や概念を持っている人でないとうまく教えることが出来ない為… 同じような背景の持ち主同士ならば有効ということですね。

もうひとつのアプローチは、
「物事を他の物事と結び付けて理解する」
です。
筆者はこちらのアプローチを好んで行います。
AとBは~~が同じで**が異なる、という感じに理解しようとすると、何らかの基準が必要になります。

例)
「ご飯とパンは炭水化物の塊という点で同じだけど、形状(粒食と粉食)が異なる。」

ここでは、「炭水化物(成分)」と「形状(見た目)」が基準として出てきます。
どちらも大体の人が理解できる一般的と言ってよい基準です。
このような基準を使うことで自身の理解も他者への説明も円滑にできないかなぁ、と考えていたりします。

知識や概念の仕入れ方はどのアプローチを選ぶにしても、「聴く(または読む)」という作業なしには成り立ちません。
身近に多くの知識などの持ち主がいるのであれば、進んでその言葉を聞き、理解しようと脳をフル回転し、自分なりの解釈を質問として投げかけてみるのが一番ですね。
「門前の小僧、習わぬ経を読む」 ではありませんが、お経に接する日常を送ればお経を読めるようになってしまうわけで。

今日聴いたことを、明日誰かに教えるくらいの意気込みでいると、自分自身の力になるのではないかなぁ、と思います。

やまなしおちなしいみなしですね^^;

2010年6月22日火曜日

百家争鳴? 履歴書につぶやいて炎上騒ぎ

「印鑑を斜めに押したり写真をまっすぐ切れてない履歴書の人は、本当に採用して欲しいのだろうか」
こんな某社代表取締役のつぶやき(ツイート)から軽い祭りが発生しています。

こちら(痛いニュース)やこちら(トゥギャッター:twitterの纏めっぽいサイト)がソースになりますが、中途採用の書類選考中のつぶやき(ツイッターへの書き込み)に端を発したこの祭り。
履歴書の書き方と企業側の選考姿勢に一石を投じるのではないか… いや、そんな大事じゃないか… という面白いネタになります。

 ・印鑑はまっすぐ押す?
これが一番意見が分かれていました。
普通に考えると真っ直ぐなのでしょうが…
左に傾けるとお辞儀しているようで好印象、という考え方が存在するそうです。
逆に、右に傾けるとふんぞり返っているようで印象が悪いとか。
押すべき位置に押していないとか、45度以上傾いているとかだったら書類を書く上でどうかと思いますが、そううるさく言うことでもない気がしますね。

 ・写真はまっすぐ切る?
写真をまっすぐに切るのは意外と難しいものです。
カッターナイフを使っても多少は曲がりますし、角を直角に、3cm×4cmなどのサイズに合わせて… となると完璧な写真を用意するのは至難の業です。
それ以前の問題として、書類選考の段階で履歴書の写真というものが不要になりつつあるのが現状です。
インターネット経由での採用への応募書類に写真の貼付を義務付けることはまずありません。
さらに言うと、印鑑捺印もインターネット経由ではナシです。

 ・手書きを求める理由は?
派生して出てきた議論ですが、手書きの履歴書にこだわる企業が存在するのは何故だろう? という疑問です。
企業にしてみれば、手書きなら真剣な応募者だけが来ると思うのでしょうけど、書類の上っ面だけでぽいぽい落とす企業の姿勢を見ている応募者が果たしてそんな殊勝な気持ちを持ち続けることが出来るか、と言えば出来ないと思います。

 ・「ながら」選考で良いのか?
今回のツイートは書類選考中のものだったため、このような意見も出ています。
そんないい加減な姿勢で選考されていると知ったら応募したくないですよね?

なんだかんだと書いてみましたが、今回祭りになった原因が
 ・写真一つで仕事が出来るかどうかわかる、と断言
 ・印鑑が斜めだと、社会人として組織人として最低限のモラル、マナーを持っていないことが分かる、と断言
 ・この人たちは、本当に採用して欲しいと思ってるんだろうか?? と、採用してやっているという態度で臨んでいる
というあたりだと思います。

企業は人が必要だから採用をする。
必要な人材像を描き、それに近い人を面接で見極める。
応募者は職が必要だから就活をする。
必要な条件を並べ、それに近い職を面接で見極める。

企業と応募者はその点で対等なのですよね…
もし企業側が「採用してやる」という態度を取りたいならば、応募者を養うくらいの甲斐性が求められます。
企業は社員の仕事の成果によって維持・発展し、社員はその見返りとして報酬などを受ける、という関係でどちらが上か、などとは言えないのですから。
こういう態度の企業に限って「即戦力」ってやつを求めるのですけどねぇ…
筆者は転職経験者なので、「即戦力」を求めている企業も見てきました。
そこで言えるのは、「技術・経験面では「即戦力」足りうるが、組織内で動くという面では「即戦力」などありえない」ということです。
ことSEというやつは、単独で全工程の全ての作業をこなせるというのは稀です。
又、1プロジェクトを一人で実施するというのも難しい話になります。
個人事業主みたいな職種(一部の営業など)はともかく、組織戦を行う多くの職種で同じことが言えるでしょう。

企業は「うちの**という部分を補強して、業務をより良くしてほしい」
応募者は「私の**という技術・経験を生かして、業務をより良く出来ると思う」
こういうwin-winでないと転職してもうまくいかないと思うのは筆者だけでしょうか…

※今回は中途採用の話になります。新卒採用だとちょっと事情が異なります。

※こんなものがありました。完璧な履歴書なんてないのですよね^^;


2010年6月8日火曜日

マイスタージンガー?

タイトルに疑問形が増えている気がしますが気にしない方向で。
筆者は歌よりも曲の方が好きで、オーケストラによる演奏・ピアノ独奏などを聴く傾向にあります。
ゲーム好きなのでゲーム音楽も良く聴くのですが… 今回のタイトルは当然ながらワーグナー(ニュルンベルクのマイスタージンガー)からです。
ちなみに、マイスタージンガーって何? と思って調べたら "Meistersinger"というスペルでした。
後は簡単。 "Meister"な"singer" の意味ですので、直訳だと「職人の親方な歌手」という程度の意味ですね。
何故親方歌手なのかについては歌劇の内容やニュルンベルクの歴史に踏み込むので省略。
詳しく知りたい方はwikiなりなんなりで調べてみてください。

 今回の本題は「マイスター」です。
「職人の親方」とか「匠」とか翻訳できますが、その意味通りのエキスパートのことを指します。
現在でも、ドイツでは大学に行く進路と職人としての進路が等価なものとして存在するとのこと。
昔から職人の地位が高かった様子ですが、マイスターの社会的地位があるからかな? と想像しています。

システム業界において、いろいろな歪みが存在するのはご存知かと思いますが、その最たるものが人材に対する考え方と言えます。
35歳定年説、なんて有名過ぎる言葉です。
これは35歳くらいになると単純作業をさせるには賃金が高い。しかし、他の作業が出来るわけでもない(そのように育成したり、自己研鑚を仕向けていない為)ことから使えない人材となってしまう。
この流れを指すわけですが、何故単純作業以外に進めない人が多発するのか? ここがシステム業界の歪みの一つです。
これを考える場合、「単純作業の次って何?」ということを考える必要があります。
誤解と偏見がありますが、政治家で言えば「秘書」⇒「地方議会の議員」⇒(地方の首長)⇒「国会議員」という「レール」が存在します。
大企業で言えば、出世=仕事のレールと言えるでしょう。
システム業界にも一応それがあります。
「コーダ(プログラマ)」⇒「SE(設計・製造・試験担当)」⇒「プロジェクトリーダー(マネージャー)」
というのが大まかな「レール」です。
この「レール」に乗れるのは、実はごく一部の人だけになります。
ちょっと考えればわかりますが、プロジェクトリーダーの配下には複数名のSEやコーダが付きます。今、SEをやっている人たちがそのまま5年後にプロジェクトリーダーになったら… ネズミ算式に配下が必要になりますね。
それ以前にそれだけの仕事を確保できるのか? という話もありますが…

一方で、技術力の向上とか品質の向上という課題に対しては現場のSEなどの自助努力に依るところが大きいです。
結果、何でもできる人だけが上に行き、何でもできる為に忙しい思いをし、最悪の場合出来る人から潰れていくなんてことになります。
しかし、一芸に秀でた人がそれをサポートするとどうなるか?
この考えが「マイスター制度」の基本です。

新たなプログラミングのできる(言語を使いこなしている)人
ハードウェア構築に秀でた人
ネットワーク構成に詳しい人
DB全般のエキスパート
……
こういう人たちをプロジェクトリーダーと等価と見なす制度が業界の歪みの解消とデスマーチの緩和に役に立つのではないかな? と考えています。

微妙なたとえですが、シミュレーションゲームでは万能キャラがもてはやされますが、それ以上に特化キャラを使いこなすことが勝利のカギだったりします。
一芸に特化した匠を重用する姿勢を企業側が見せた時、どのように業界が変わるのか興味があります。


2010年5月28日金曜日

失業率と給与明細

先日、筆者の勤め先で新卒向けの会社説明会がありました。

参加者は数名だろうという予想を上回り、説明会会場の席を増やすのに苦労するという嬉しい誤算。色々特徴のある学生さんが来てくれた様子です。ただ、これを喜ぶわけにもいかないのですよね。
  内定率8割=5人に1人は職が決まらない
これが現状なので、今就活をしている学生の苦労がうかがえます。

苦労しているのは学生だけではなく…
勤め先までの道のりに職業安定所があるのですが、出勤途中(朝8:30ごろ)に職安の建物の周辺に行列が出来ていることがしばしばあります。
30人~40人くらい並んでいる感じですが、求人を探しに来た求職者ですね。
職安の求人票は早い者勝ちというわけではない(いい人材が応募して、採用されてしまえば早い者勝ちになりますが…)ので、早朝から並ばなくてもと思うのですが、そのくらい厳しいということでしょう。
尚、行列が歩道を塞いでしまうのが困りものw

そして、現在仕事を持つ人にも影響が。
昨日、雇用保険の保険料率変更の連絡が来ました。
従業員の支払う(天引きですが)保険料が、従来の1.5倍になるそうです。
…
……
………
1.5バイ?ナニソレ(゜Д゜)ポカーン

あー、こうやって書くとショッキングな出来事に見えちゃいますよね。
1.5倍と言っても、4/1000⇒6/1000 に変更になったというだけです。
今まで1000円だったのが1500円になるイメージですね。
尚、これが厚生年金が1.5倍だとシャレになりません。(現在16%ほどなので、労使折半としても8%。月20万もらっている人なら8%で16000円。これの1.5倍だと8000円Up…)

昼食一食分程度の値上げなのでそこまで大変なわけではありませんが、大変な問題の始まりと言えます。
何せ、雇用保険の受給期間は決まっているからです。
加入年数と年齢によって期間が変わってきますが、受給期間が終わってしまえばそのあとは何も保障がありません。
就職できればいいのですが、そうでなければ親類に頼るか、生活保護を受けるか、というレベルのセーフティーネットでの生活となります。
親類に頼れる場合問題は少ないのですが、生活保護を、となると国や地方の負担が増えるので歳出削減か増税につながります。

と、深刻っぽい話をしてみました。
この辺の問題を解決する具体策を提示する政治家の登場が望まれるのではないかと思いますね。

2010年5月21日金曜日

情報伝達ツールとしての履歴書

首相が韓国の軍艦沈没の件で韓国支持を表明、までは良いのですが、先頭に立つとまで言い切るのは困ったものですね。
水飲み鳥(画像)じゃあるまいし、一度首を突っ込んだら引くのが難しいって理解しているのかな?
北朝鮮にしてみれば明白な敵意の表明になるので、防衛体制をちゃんと取った上でこういう発言をしてほしいものです。
  奇襲されました⇒市民が犠牲に
はもちろんのこと、自衛隊員に出る損害も最低限にするためにも、喧嘩を売るのは体制を整えてからがよいですね。

さて、導入がやたら長くなってしまいましたが今回は履歴書の話です。
本日、会社説明会が筆者のいるフロアの会議室で行われたのですが、就活といえば履歴書などの書類の話がつきものです。
黒々と書き込まれた履歴書があったとかで、ふと自身の就活(新卒&転職)を思い出しました。

筆者の書く履歴書は、はっきり言って白いです(笑
というのも、だらだらと長く書くよりも応募先の企業の今後の展望と自分自身の将来とを重ね合わせる作業が優先なので、長い自己アピールを考える余裕はありません。
また、自分が履歴書を読む側だと仮定すると、2,3行でインパクトのある人のほうが話を聞いてみたいと感じます。
履歴書は面接まで進むための資料なので、「この応募者と話してみたい」と思わせることができればよいわけです。

新卒の頃も、転職活動をした去年~今年も、就職は厳しい時期でした。
その為、応募者は色々工夫をしていますが、履歴書に目一杯書き込むのは熱意は伝わっても肝心の伝えたいことが伝わりづらいのかな、と思います。
 学歴・職歴で、その人の知識経験の類推が出来ます。
 資格で、その人がどういうことに力を入れて勉強しているのかが見えます。
それ以外の項目は、面接時の話のネタの要素が強いように感じます。
実際に面接で、面接者が履歴書に目を落としてから「**と書いていますが…」という話の振り方をするケースがよくありました。
このような場合にうまく応対できるかどうかが合否の判断基準になる様子です。
ちゃんと自分なりの考えを伝えることができれば、応募者に出来ることはそこまで。あとは採用側がほしい人材に合致しているかの問題に移ります。
この応対が人柄の評価や、仕事上の応対などの評価になってくるので…

面接が主、履歴書が従。この考え方で良いのではないかな? と思います。
履歴書送付だけで不採用とか見送りとかの言葉を見続けている人には厳しい言葉になりますが^^;


2010年4月21日水曜日

プロジェクト管理に欠けたるもの

プロジェクト管理、と一言にいってもいろいろな意味がありますが、筆者のようなSEにとっては数名~十数名程度のチームの管理がまず連想されます。
予定と実績の管理と乖離した際の対応・メンバーの配置や士気、勤怠への配慮・チームの作業をいかにスムースに進めるか… と言った話はいくらでも雑誌などで取り上げていますが、今回はそれらで取り上げていないものについて書いてみます。

 取り上げられていないもの:管理者(リーダー)不在時の対処方法
リーダーだから、というだけでへろへろになりながらも出勤してくる人がいます。
しかし、リーダーだからそこまでしなくてはいけないというのはチームで仕事をする意味がないともいえます。
リーダーの役割は意外と単純で
 ・方針決定を行う
 ・チームの全体最適を指向する
 ・進捗の調整(特に遅れの取り戻し)を行う
 ・雑用その他諸々の事柄を処理する
という程度です。
コーディングはAさんに、DBのことはBさんに、会議の連絡調整はCさんに、といった具合にチームに必要な機能単位で実質的な担当分けを行っておけば、リーダーは機能不全に陥らないように状況を把握するだけでうまくいきます。
この方法の良い点は、リーダーでなければできないこと(発注者との折衝など)を除けば、担当分けを行ったA~Cさんに”いつもどおりに”確認して、仕事を進めることができる点です。長期の大まかな予定と、直近1ヶ月くらいの作業分担ができていればリーダーがやることは大してありません。

権限委譲の話に近いですが、普段から機能単位の担当分けを意識していれば「リーダー個人」ではなく「チーム」が仕事を回してくれます。
この状態を作り出すことこそ重要なのではないかな? と思います。

2010年4月20日火曜日

人材類型を考えてみる… ?

今回はかなり弱気ですが、システム開発にかかわる人材の類型を考える手掛かりとして、あるドイツ軍人が言ったとされる名言を取り上げてみます。
かなり歯切れが悪いですが… この名言は誰が言ったのかちゃんとした情報がないそうです。
詳しくは「ハンス・フォン・ゼークト wiki」でぐぐってみて下さい。

――――――――――――引用開始――――――――――――――
軍人は4つに分類される。


有能な怠け者。これは前線指揮官に向いている。
 理由は主に二通りあり、一つは怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させるため。そして、どうすれば自分が、さらには部隊が楽に勝利できるかを考えるためである。

有能な働き者。これは参謀に向いている。
 理由は、勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、部下を率いるよりは参謀として司令官を補佐する方がよいからである。また、あらゆる下準備を施すためでもある。

無能な怠け者。これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。
 理由は自ら考え動こうとしないので参謀や上官の命令どおりに動くためである。

無能な働き者。これは処刑するしかない。
 理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、さらなる間違いを引き起こすため。
――――――――――――引用終了――――――――――――――


これの何処が手掛かりになるか?
「有能/無能」と「働き者/怠け者」のマトリクスで考えていますので、他への応用がしやすいのです。
まぁ、どんな組織でも「有能/無能」と「働き者/怠け者」のマトリクスは使えますのでそのままでもOKですね。
さすがに処刑はなしですけど^^;

システム開発的に、「有能/無能」と「働き者/怠け者」のマトリクスを使うとどうなるか…
――――――――――――改変開始――――――――――――――

SEは4つに分類される。

有能な怠け者。これはリーダーまたは教育者に向いている。
 理由は主に二通りあり、一つは怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させる、若しくは部下の力を引出し、伸ばそうとするため。そして、どうすれば自分が、さらにはチームが楽に仕事を達成できるかを考えるためである。

有能な働き者。これは開発主任に向いている。
 理由は、勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、部下を率いるよりは開発の中心人物としてリーダーを補佐する方がよいからである。また、あらゆる下準備を施すためでもある。

無能な怠け者。これは作業者に向いている。
 理由は自ら考え動こうとしないのでリーダーや主導的立場の人間の指示どおりに動くためである。また、定形化された業務を行うことにも向いている。

無能な働き者。これはコーダに向いている。
 理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、さらなる間違いを引き起こすため。設計書通りの作業を与えるしかない。
――――――――――――改変終了―――――――――――――

どうしても、「有能な怠け者」のほうが「有能な働き者」よりも上の立場にいきますね。
「有能な働き者」が他の人にも自分と同じレベルの働きを求めてしまうと上には立てないから、というのが切実な理由なのですが、どこか抜けている上を下が支え、フォローしていく形の成功例が多いのも事実ですね。
尚、「無能な怠け者」は実は組織に欠かせない存在です。
非常に人聞きの悪い分類ですが、「有能な」人材は単調な作業を嫌う傾向にあるので補完関係になるわけです。