2011年1月28日金曜日

文政8年の漢籍

筆者の親がリュックを捜していたところ、「古書」と書いてある箱を発見しました。

あけてみると数冊の本が・・・

そのうちの一冊を見てみたのですが、漢文で断片的にしか読めません。
気になって、表紙や奥付から調べてみたところ・・・
文政8年発行(?)の考經發揮という漢籍であることが判明しました。
リンク先は野田市立図書館のサイトですが、筆者が見た1ページ目と同じものの写真がありました。
『考経という書は漢代から今文古文あり』とか『清和天皇(※清和源氏の祖)の詔(みことのり)有り』とかはまだわかったのですが・・・ 一二点すら使えなくなっている自分に愕然としますね。
レ点くらいは何とかなるのですけどね・・・ 漢字自体の意味がちゃんと理解できてないと読めないです。


何となく調べた感じと、1ページ目を読んだ感じでは
 『考経の解説書』
というものではないかな? と感じました。


ついでに考経も調べてみましたが・・・



孝経(こうきょう)は、中国の経書のひとつ。曽子の門人が孔子の言動をしるしたという。十三経のひとつ。
孝の大体を述べ、つぎに天子、諸侯、郷大夫、士、庶人の孝を細説し、そして孝道の用を説く。
始皇帝焚書にあったが、の初めに顔貫、顔貞父子によって世に出たものを、漢代通用の隷書体であったことから「今文孝経」といい、全18章。
武帝の末魯共王が孔子の書院の壁から得たと称される、漆書蝌蚪の古文字によるものを「古文孝経」といい、これは「今文」の18章のほかに閏門章があり、「今文」の庶人章を2章に分け、聖治章を3章に分け、全22章。古文孝経は代に散佚し、代に再発見されたが、隋代のものは偽書の疑いが高いとされる。



wikipediaより引用です。
ここに『今文』『古文』が出ているので、これが1ページ目の冒頭に書いてあるのかな? と思われます。


筆者はあまり儒教に関心がないので読み進めてみようという気はなくなりましたが(それ以前に漢文のハードルが高いのです)、何でこんな本が? という面白い出来事でした^^

2011年1月24日月曜日

二つに分けて考える

謎なタイトルにして見ました。
やること自体は非常に単純でして、何らかの集団を考える際にある概念(視点など)を使って分類するだけです。

この時に、分けるのは一つの概念につき二つまでにする事に意味があると思います。
三つ以上の例として血液型占いが有ります。
これ、四つに分けてるのでイマイチスッキリしません。
どうしても類似する部分が出てしまうんですよね・・・

二つの場合どうか?
AでなければBなのですっきり感が得られやすいのです。
複雑なものを分類するなら、二個三個と概念を増やせば、四通り八通りと増えて行くので問題ないです。

ここから職場における「上昇志向の強弱」で話を書いてみようと思いましたが、残念ながら余白が足りません





・・・・・・・・・

どこのフェルマーだ!
と思った貴方

すごいです( ̄▽ ̄)

2011年1月16日日曜日

呆れを通り越して諦めに

技術ネタじゃありませんよ。
技術の話なら諦めではなく技術的に困難(若しくは現段階では不可能)といいますので。

こちらの話題についてです。
こちら

江田法務大臣が
入閣後初の会見で、死刑制度について「死刑という刑罰はいろんな欠陥を抱えた刑罰だと思う」と死刑制度について否定的な見方を示した。 さらに「国民の皆さんが許されざる犯罪にけしからんとなるのはよく分かるしかし、人には寿命があるのでそう急ぐこともない。それいけやれいけと執行すると話ではない」と、消極的な姿勢を示した。 
(wikipediaより引用)
と発言したそうです・・・


なんというか、民主党の内規にどこかおかしい人しか大臣になっちゃいけないとでもあるのではないかと疑いました、いやホントに。(今朝の朝刊に載っていた日韓外相対談?の要旨にしても、日本の主張が全然でてないですし。党内・国内と外交は別なのですけどね・・・ 言わない気持ちはないのと同じ、記録に残っていない事柄は武力で白黒どちらにでも転じられる)
法務大臣が法律を尊重していない発言を公の場でするとか・・・
欠陥のない刑罰があるなら見せて欲しいですし(冤罪の可能性がある以上、欠陥のない刑罰など存在しない。8000万円もらったって、何年も収容された対価にはならないわけで)その辺を踏まえたうえで三審制などがあるのではないかと。


これが民間人の発言ならよいのですが、この人の経歴を見ると
 判事補 ⇒ 国会議員 ⇒ 参議院議長(三権の長の一つ) ⇒ 法務大臣
ちなみに、弁護士でもあるそうで・・・
三権全てに何らかの権限を持つ人なわけです、ええ、弁護士が国会議員になって入閣すれば全員そうなんですけどね・・・ にしても酷すぎ。


小泉・麻生に期待していた筆者としては、路線が違うが何かやっているならともかく何も出来ていない現政権に諦めしか感じられない今日この頃なのです。

2011年1月6日木曜日

シンプルなシステム

あまりまとまっていませんが、現時点で筆者が考えている『シンプルなシステム』について少し書いてみます。

シンプル、とは何か?
構成がシンプル。
画面がシンプル。
機能がシンプル。
などなど・・・ 色々ありますが、ここではエンドユーザにとって『シンプル』であることとしてみます。

エンドユーザは何かをやりたいからシステムを利用するわけですが、やりたいことが最短手順(または時間)で実現できるのが『シンプルなシステム』ではないか? 筆者はそのように志向しています。
極端な例を言いますと、自動販売機などはシンプルです。
お金を入れて、ボタンを押せば品物が出てくる。
まぁ、これはやりたいことが買い物という単純作業(お金と品物の交換)なのでシンプルになるのも必然ですが、企業などの業務ではどうなるのでしょうか?

残念ながら、企業などの業務でここまで単純な作業はあまり残らないと思います。
自販機で代替してみたり、計算機で自動化してみたり、そのような20世紀末までに行われてきたITによる効率化レベルの話で済んでしまいます。
いわゆる、人を機械に置き換えるレベルの話ですね。
「うちには人がやっている単純な作業が残っている」、と主張する方も居ると思いますが、その単純な作業というものには例外が多数存在するのではないかと思われます。
若しくは品質保持に人手が必須である場合、ですね。

では、単純ではない作業をいかにシンプルに処理させるのか?
そこが『シンプルなシステム』作りの鍵になるのではないかと考えます。

一つのアプローチとして、「単純ではないものは単純になるまで分割する」があげられます。
数学の微積分を思い出すとわかりやすいのですが(忘れた、という人は、少しでよいので復習してみてください^^;)複雑な図形の面積であっても、線の集合として考えれば求めることが出来ます。
これをシステムに当てはめると・・・ 確かに単純な作業まで分割はできそうなのですが、手数や画面遷移・使用する機能が膨大になりそうです。現実的ではなさそうですね。

Webシステム、として考えると、いかにユーザに「見せない」か、が鍵だと考えます。
ボタンやリンクを極限まで減らし、かつ、左上から右下に進んでいけば処理を終えることが出来る。
ログインしたユーザが使わないボタン・リンクなどは一切表示しない・・・
これである程度のシンプルさは確保できます。
残念ながら、その先が筆者には見えていません。
恐らく、機能自体のシンプルさの追求が必要になるのですが・・・



書き出してみればまとまるかと思いましたが、そうは行かないですね^^;